静修の友

静修の友 記事一覧

2019年1月18日
#チャッピーと怪談(4)
2019年1月17日
#チャッピーと怪談(3)
2019年1月16日
#チャッピーと怪談(2)
2019年1月15日
#チャッピーと怪談(1)
2019年1月12日
#小説・児童文学(7)
2019年1月11日
#小説・児童文学(6)
2019年1月10日
#小説・児童文学(5)
2019年1月9日
#小説・児童文学(4)
2019年1月8日
#小説・児童文学(3)
2019年1月7日
#小説・児童文学(2)
2019年1月6日
#小説・児童文学(1)
2019年1月3日
#生活の決まり
2018年12月31日
#立つ鳥跡を濁さず
2018年12月29日
#静修の杜・屋上
2018年12月26日
#ブラックアウトの夜(静修百物語 49)

静修の友 最新記事

#立春の卵

「立春の卵」という言葉をご存じでしょうか。今年の立春は2月4日のようですが、暦の上での立春の日には、通常は立たないニワトリの卵を立てることが出来るという古くからの俗信のような言い伝えがあります。立春の日に、本当に立つかどうか試してみてください。

この「立春の卵」の話は、年度のスタート期のホームルームや学年集会でしばしば話のネタとして使ったのでした。その内容を思い出しながら、書いてみます。

「コロンブスの卵」という話がありますが、あれはゆで卵の底にコチンとひびを入れて立てるというインチキですが、「立春の卵」にしろ「コロンブスの卵」にしろ、その話の前提には「卵は立たないものだ」という常識があります。でも、立春という特別な日でなくても、インチキしなくても、集中力と根気さえあればだれでも卵を立てることはできるのです。では、なぜ「卵は立たない」という常識が出来上がったのでしょうか。いくつか理由を考えることができます。

・卵を立てることが出来たとしても何の意味もない。だからだれも真面目にチャレンジしなかった。

・試してみた人もいるかもしれないが、内心、どうせ立つはずがないと思っているから、すぐにあきらめてやめてしまった。

いずれにしろ、強固な常識が壁になっているのです。これは、仮説実験授業という教育方法の提唱者である板倉聖宣という教育学者の『科学的とはどういうことか』(仮説社)というとても知的刺激に満ちた本で知りました。「立春の卵」については雪の結晶の研究から「雪は天からの手紙である」という有名な言葉を遺した中谷宇吉郎にも同名のエッセイがありますので(『中谷宇吉郎随筆集』(岩波文庫))、興味があれば読んでみてください。

ぼくは、それらを読んで、卵立てにチャレンジしたのでした。30分以上かかりましたが、実際に卵を立てることが出来ました。その時には、本当に感動しました。コツをつかむともう少し短時間で出来るようになります。理屈的には、卵の殻の表面にはたくさんのプチプチがあります。そのバランスの安定する3点のプチプチの配置をみつけると立ちます。新鮮な卵ほど、プチプチも磨滅していないので、立ちやすいようです。親指、人差し指、中指ないし薬指の3本の指でそっと持って、安定点を探るのです。粘れば、先のとんがった方を下にしても立たせることができるようです。

というような内容をコンパクトに要約して、本題に入るわけです。常識にとらわれてはいけないとか、意味ばかり求めてはいけない、即効的に結果の出る意味もあれば、今は無意味に見えても人生の終わりごろになって滲み出すような奥深い意味もあるわけだから、例えば今のこの教科の勉強には何の意味もないと小賢しい判断で努力を放棄してしまうのはとてつもない損失になるのかもしれない、とか、「どうせ卵は立たない」=「どうせ自分なんかに出来っこない」と自分で自分の能力、可能性を限定しては駄目です、そういう考え方の癖をつけてしまうと自分で作った自分の限界を超えることは絶対にできません。「もしかしたら卵は立つかもしれない=自分は出来るかもしれない」と自分自身を信じること、なかなか思うようにいかなくても愚直にチャレンジし続けること、それが大事です、というような話に持っていったわけです。

時間があれば、冷蔵庫から卵を引っ張り出して、無我の境地で、卵立てにチャレンジしてみてください。

#入学式・卒業式

これを読んでいる方が静修高校に入学されたのは、何年前になるのだろうか。入学式のことをご記憶だろうか。教員の目からは、女子高のときも共学後も、女子生徒の新入生の真新しいセーラー服の親子線の白さが、その緊張した初々しい表情と共に強い印象として残っている。各教室前の廊下で整列し、階段を降りて、体育館後ろ(購買側)から入場してくるのである。

そして、3年を経て、卒業式をむかえることになる。今度は、体育館のステージの左右から登場し、式が終わると、入学式の時に入場して来たときの体育館後ろの出入り口から、在校生と教員の拍手に送られて退場していくのである。その意味では、体育館後ろの出入り口は、高校生活の入り口であり出口なのであって、その入り口と出口の奥には高校3年間の時間が詰まっている、という意味で象徴的な通路であると見なすことができる。

静修高校の卒業式のスタイルは他校と比較してもユニークであると思う。中学校の卒業式を思い出して比較してみてほしい。一般的にはステージ上に演台があり、そこに日の丸を背にして、校長がおり、下から登ってくる生徒に校長が卒業証書を手渡す。高低差からいって、生徒に対して高みから、文字通り卒業証書を「授与」する構図である。

静修の卒業式のスタイルを誰が考え出したか、いつから始まったのか知らないが(戦後であることは間違いないだろう)、ぼくはとても気に入っている。

まず、卒業生がステージの高みから登場して、左右に花が飾られ、赤い毛氈の敷かれた階段を降りて来るというスタイルは、主役は卒業生であるということを際立たせる。そして、来賓も、校長・教頭・卒業担任・一般教員も、父母も、在校生も、卒業生も同一平面上に並ぶ形になる。そこには高低差をつけずに、対等に同格で卒業を祝すという思想がうかがえる。これは誇っていいことだと思う。

卒業式シーズンにはテレビのニュースなどで、南高などの弾けた卒業式の映像が流れたりする。それはそれでいいのだが、静修の厳粛に進行する式もいい。体育館後ろの出口から退場するやいなや、泣いたり、笑ったりの弾けた騒ぎの声が体育館の中まで響いて聞こえたりする。ぼくは、そのメリハリも大好きだ。

その後、各教室でお別れの最後のホームルームになる。ぼくはカメラを持って教室を回り、その様子をよく写真に撮って歩いたが、クラスによってその雰囲気は様々である。担任やそのクラスのメンバーの個性や関係が生み出す空気なのであろう。

それが終わると生徒は一人一人の個に戻って、ばらばらと帰っていくのである。そして、だれもいなくなった教室に戻った担任は、そこで万感の思いで、感慨にふけるのである。その思いの中には、これでやっとせいせいしたという思いも含まれるのかもしれないが・・・。

#卒業式の歌

静修の卒業式で歌われるのは校歌、静修賛歌、仰げば尊し、蛍の光ではなかったかと記憶する。今も変わらない伝統的な式次第なのであろうと想像する。

ところで、「唱歌」と「童謡」という言葉があるが、その違いをご存じだろうか。最近まで、そんなことを意識したことはなかったが、ふと思いついて井手口彰典という人の『童謡の百年』(筑摩選書)を読んでいて、その違いを知った。

明治政府は1872(明治5)年に我が国で最初の近代的な学校制度である「学制」を発布し、その中で小学校に割り振られた授業科目の一つが「唱歌」であったという。そこで用意された歌曲の総称としても「唱歌」の語は使われたという。その際、曲の多くが外国の旋律を借用したものだったそうである。唱歌の特徴の一つは「国家形成のための手段であった」と指摘している。江戸時代までは多くの人々の意識にとって「国」とは相模国や武蔵国というような個別な藩であったが、「日本」を一つの単位として諸外国と渡り合う必要上、「日本人としての共通アイデンティティを植え付けるための重要な手段の一つとして唱歌を活用しようとした」ということである。「仰げば尊し」も「蛍の光」も唱歌である。そういう視点で歌詞を読み返すとなるほどと思う。

その唱歌に対する批判として大正期児童文学をリードした『赤い鳥』という誌を主宰した鈴木三重吉は「唱歌は芸術的に「低級」で「愚なるもの」だから、それに代わる「真価ある純麗な」童謡を子供たちに提供しよう」として大正期を中心に生み出されたのが「童謡」であるという。北原白秋の「故郷」三木露風の「赤蜻蛉」などがそれである。それに対しても、その後、今度は「童心主義」という批判がおこるのであるが。

さて、「仰げば尊し」であるが、この歌はスコットランド民謡の旋律を借用して、それに日本語歌詞をつけて明治のころから多くの学校の卒業式で歌い続けられた定番曲である。文語体の歌詞だから、今の生徒には「おもえばいととし」とか「いまこそわかれめ」も耳で聞いただけでは意味不明であろう。「身を立て 名をあげ やよはげめよ」にも明治社会の価値観がうかがえる。伝統的な卒業式の情感を醸す歌として卒業式参列者のノスタルジックな情趣を演出するという意味ではありかなとは思う。ただ、ぼくはこの歌には抵抗感があった。「仰げば尊し我が師の恩」という歌詞の歌を、教師主導で、生徒に歌わせるというのがなんだか嫌だった。我が尊き教師の恩を仰ぎ見よと言っているようで、おこがましい歌詞だなあと思っていたのである。

「蛍の光」というとぼくは今ではパチンコ屋やスーパーで、もう店じまいですから早く帰る用意をして下さいと促され、煽られる曲としてのイメージも強いが、これももとはスコットランド民謡であるという。その原曲歌詞の訳文を読むと、人生の時の流れの哀感をこめて乾杯するような抒情的で魅力的な歌詞であり、英語圏ではカウントダウン後の新年ソングになっているそうである。

この歌も日本語歌詞は文語体であるので、意味がとりづらい。「いつしかとしもすぎのとを」、「かたみにおもうちよろずの」「さきくとばかりうとうなり」など、耳で聞いても意味不明であろう。卒業式では、内容的に無難なその1,2番が歌われるが、3、4番はかなり前時代的な日本語歌詞が付されている。3番「ひとつに尽くせ国のため」(ひたすら力を尽くせ 国のため)、4番「千島のおくも沖縄も 八州(日本のこと)の守りなり(守りの要である) 至らんくにに(統治の及ばない国には) いさおしく(勇敢に) つとめよ(向かえ) わがせ つつがなく(尽力せよ 我が兄弟 無事であれ)」と歌われた歴史を持っている。

まあ、生徒も教師もそういう歌の歌詞が担った歴史というようなことを意識して歌っているわけではなかろうから、目くじら立てることもあるまいが、そろそろ今の時代の生徒の感性に直接響く歌に変えるというようなことをこの先検討してもいいのかもしれないと無責任な立場から思うのである。全国の学校で今歌われているという新しい卒業ソングの中にも、今の静修の卒業式の空気感に合うものはありそうに思えるのである。その歌が毎年変わってもいいではないかとも思う。卒業式の主役は卒業していく生徒であるのだから。