静修の友

#ブラックアウトの夜(静修百物語 28)

「はい、次、十二話行きまーす」と手を挙げた元気な女子生徒はユニバーサル科(旧国際科)の生徒。私は「渡り廊下の人柱」というお話をしてみたいと思います。

「みなさんは「ロンドン橋落ちた」というイギリスのマザーグースの伝承童謡をお聞きになったことがあると思います。ちょっと歌ってみますね。

♪London Bridge is  broken  down,

Broken down, broken down,

London Bridge is  broken down,

My fair lady

これが英国で一般的な歌詞で、米国では「broken」が「falling」とも歌われるようです。日本語訳すれば、「ロンドン橋落ちた、落ちた、落ちた、ロンドン橋、落ちた、可愛いお嬢さん」というふうになるでしょうか。「falling」だと「落ちる」という訳になるようです。二人の子供が向かい合って手をつなぎ、腕を高く上げて、その中を他の子どもたちが歌いながら通り、「My fair lady」のところで二人が腕を下ろし、通っていた子どもを捕まえるという遊びです。

この歌詞は謎めいています。この「My fair lady」(可愛いお嬢さん)とは誰だという話になりますね。一説ではこのロンドン橋を架橋する際に人柱になった少女のことだと言われています。怖いですねえ。私はクラスの友達と一緒に、体育館と北校舎をつなぐ渡り廊下の上で、この「London Bridge」を「Seisyu  Bridge」に置き換えた替え歌をみんなで歌いながら、渡り廊下の上で手をつないで一斉に何度も跳ね飛んで遊んだことがあります。一見、危なそうな構造のあの中空の渡り廊下ですが、なかなか揺らぎませんでしたね。」

「おいこら!校舎に打撃を与えるような危険な遊びをしたらいかん」と松平。

「でも、びくともしませんでしたね。耐震補強工事がしっかりされているからでしょう。でも、ふと、それだけではないのではないかと思ったのでした。あの渡り廊下の基礎部分には、人柱になって犠牲になった女学生が埋められているのではないか、その「My fair lady」が一生懸命に渡り廊下を支えてくれているのではないかと想像するのです。そんなふうに思うと、あの、体育館わきの通学路に春、入学式の頃に咲き乱れる桜の見事な美しさはこの世のものとも思えないと不安さえ感じるのですが、桜の樹の近くの地面の下には、人柱になった女学生が埋まっている、これは信じていいことなのだ。と言ってみたいのです。私たちは、その人柱になった女学生の健気な献身に心から手を合わせ、頭を垂れなければならないと思うのであります。」

蝋燭がジジッと消えた。「じゅうにーわー(十二話)」と岡部が言った。「健気に北校舎との渡り廊下を支え続ける人柱の少女に、みんなで感謝の祈りを捧げましょう。」と岡部。「しかし、理科教師の科学的立場から言えば、福島原発事故を引き起こした大津波のように想定外の事態はいつでもおこりうるのです。人柱少女の霊験力にも限界があるでしょう。安全基準以上の校舎の耐震補強をお願いしておきたいものですな」「なんか生々しい現実的な話になってきましたね。では次、行こうか」と岡部。

そして、この後も、百話達成に向けて次々怖い話が披露されていくのであった。

(・・・続く)

#ブラックアウトの夜(静修百物語 27)

「ちょっと趣向を変えたお話をさせてもらいます。「鯉の恨み」という話です。「恋の恨み」ではありません」と蝋燭をつけながら次の女子生徒。

学校の中庭(音楽室や本校舎調理室と第二視聴覚室廊下にはさまれた空間)に校章をかたどった池があったのをご存知ですか。以前、その池にはいろんな美しい色模様の丸々と太った鯉が優雅に泳いでいました。昼休みなどに生徒や教職員がえさをやりながら談笑したりしていたのです。えさの麩などを投げ入れてやると、すーと近づいてきて、カープ、カープ(今年も日本一にはなれませんでしたが)と大きな口でその餌を吸い込むのがかわいらしかったので、癒されると人気でした。

ある夜、学校に鋭利な刺身包丁を持った賊が侵入してきたのです。池に手網を差し込んで、いちばん大きな一匹の鯉を掬い上げたのでした。男は手早く刺身包丁で頭を切り落とし、うろこを削ぎ落として解体すると、その肉をスライスし、その鯉の洗いを持参の醤油とわさびをつけて食べてしまったということです。池の中の鯉はその一部始終を涙を流しながら凝視していたのです。その賊は逃走し、池のほとりには切り落とされた頭や骨が散乱していたということです。外には黒洞々たる夜があるばかりである。賊の行方は、誰もしらない。

翌朝は、中庭の木にたくさんの鳥が集まって弔いの鳴き声をあげていました。切り落とされた鯉のその目は、無念さで涙に濡れていたといいます。駆けつけた国語の老教師はいたいたしいことであると涙を流し、「行く春や鳥啼(な)き魚の目は泪(なみだ)」と芭蕉の句をつぶやくと、手を合わせて弔ったのであります。でも、しかし残された鯉たちは人間不信の塊になってしまいました。以前のように、生徒が餌をやろうと水面に手をのばすと、鯉は大きな口でその可憐な生徒の指をくわえ込み、池の中に引きずり込もうとするようになりました。幾人かが池に引き込まれて行方知れずになったとも語り伝えられていますが、その真偽のほどは今となっては知りようもありません。

ただ、学校管理上の危険防止のため、その池の水は抜かれ、残った鯉はどこかに移され、土が充填されて今は花壇になっています。毎年生徒会の美化委員会の生徒たちが季節の花を植えて、その鯉の魂を鎮めているということです。「恋の恨み」に身を焼かれるときは、この校章型の花壇で静かに手を合わせると、その恨みを鯉が大きな口で呑み込んで癒してくれるということで、この花壇は、「恋の恨み」を浄化してくれるのだといううわさが立ち、今では「失恋の聖地」とも一部で呼ばれているそうです。」

蝋燭が消えた。「じゅういちわー(十一話)」と岡部。「ほんのさっきまで泳いでいた鯉の鮮度はいいでしょうが、適切な下処理もしないで食べて、泥臭くはなかったのですかねー」と松平。「そういう問題か?」と岡部が突っ込みをいれる。(・・・続く)

#ブラックアウトの夜(静修百物語 26)

職員室では、さっきまで現像を指導していた顧問と数人の教員がテレビの前に集まって画面を見上げて絶句していました。黒々とした波が車や家々を押し流しながら襲ってくる津波の映像や、逃げ遅れた軽トラが田んぼの細い道を猛スピードで逃げ回るのを濁流が飲み込んでいくヘリからの映像でした。その映像は、軽トラが濁流に飲み込まれる寸前で、ブチッと、違う場面の映像に切り替えられました。映像を同時編集しているディレクターの瞬時の判断だったのでしょう。その画面切り替えの場面は、その時の強烈な印象としていまだに私の記憶に深く刻まれています。それが東日本大震災とその後を襲った大津波だったのです。(私は、その後に報告された様々な心霊現象を取材した多くの本を読みましたが、読むたびに心が裂かれて、涙が流れるのです)。

数日後、コンクールに提出する作品を仕上げなければと思い、暗室に入りました。あわてて飛び出したままなので、現像液の中の瓢鯰図のおじさんを確認することは出来ませんでした。現像時間が大幅に超過していたので、そこには真っ黒になった印画紙が現像液の中に沈んでいるだけでした。

恐怖の体験はこの後です。作品を早く完成させなければという思いが強かった私は、前のコマが駄目なら、他のコマから選ぼうと、6コマずつ切って置いてあったフィルムを見て、悲鳴を挙げたのでした。きれいな海の海岸風景を撮ったはずの私のネガに写っていたのは、海の波にさらわれた瞬間の、叫びもがき、目を見開き、陸に手を差し伸べながら流され海中に吸い込まれていく、とても言葉では伝えられない苦悶の姿が焼き込まれていたのです。思わず私は悲鳴をあげて、そのネガを手から振り払って振り落としてしまったのです。

その数日後、暗室の横にあるボイラー室のおじさんに事情を話して、火に投じてもらい、手を合わせて供養したのでした。もちろん、そのフィルムからは1枚もプリントはしませんでした。 あのひょうたんを抱えたおじさんは、今で言えば地震警報のアラームのような存在だったのかもしれません。あるいは、ひょうたん(過信した人間の科学の力)で、ナマズ(地震などの自然災害)を完全にコントロールできると考えるのは現代の科学文明への過剰な信頼と依存だという警告だったのかもしれないと思うのです。」と女生徒は静かに蠟燭の火を吹き消した。

「うーん、現代文明の傲慢さに対する批評眼が冴えたお話でしたねえ」と岡部。「あの後に起こった福島第一の原発事故については、自然科学の教員として、きちんと考えを整理しておかないといけないと痛感します。科学技術は時に、妖怪や幽霊より怖いのです。この世は、すべて、両刃の刃なのです」と松平の奥深げな箴言めいた言葉。(・・・続く)

#ブラックアウトの夜(静修百物語 25)

次の生徒が蝋燭に火を灯した。

「前の人は表の部活は茶道部だそうですが、私の表の部活は写真部です。「揺れる暗室」というお話をします。

私は写真コンクールに向けた作品を仕上げるために、一人暗室に籠ってプリントの準備をしていました。春休みの家庭学習の時期に入っていました。赤い暗室電球が部屋にぼーっと灯っています。その弱い光の中で、昨日現像しておいたフィルムのネガを電球に透かして、作品にするコマを探していました。それは小樽の海で撮った、岩に打ち寄せる波の写真で、36枚撮りのフィルム1本すべてがその時、海で撮った写真です。その中の自信の1枚を選び、引き伸ばし機にセットしました。何回か試し焼きして、焼き込み時間を11秒に決定しました。提出用の四つ切の印画紙をセットし、引き伸ばし機のスイッチを入れ、きっかり11秒経ったところで、スイッチを切りました。

その印画紙を現像液の入ったバットにそっといれ、じわーっと映像が浮きあがってくるのを待ちました。少しずつ、輪郭が浮かんできます。その時、びっくりしたのです。浮かんできたのは私が選んだ海の写真ではなかったのです。私は混乱し、鮮明に画像が浮かんでくるのを待ったのです。

みなさんはご存知でしょうか室町時代に、如拙という山水画の絵師が描いた「瓢鯰図(ひょうねんず」(昔、日本史の教科書にも載っていました)という謎めいた絵があります。ひょうたんを持った男が、そのひょうたんでナマズを押さえようとする構図です。その絵の中の男と池のナマズの姿をクローズアップしたような画像が浮かんできたのです。もちろんそんなコマを撮ったことはありません。そのひょうたんを持った男が、右手の人差し指でナマズを指差しながら私に何か訴えかけているのです。声は聴こえませんが、その口は「逃げろ、逃げろ」と繰り返し叫んでいるのが分かります。その時、現像液の液面が波立ち始めたのです。同時に、ナマズが暴れると地震がおこるという迷信を思い出したのです。

と、そのとき暗室全体がぐらぐら揺れ始めるのを身体が感知したのです。机に手をついて、身体を支えながら、暗室電球をぶらせげたコードや吊るしたフィルムが右左に揺れるのがみえました。やばいと思った私は、ロッカー室に降りる階段の下にあった暗室を飛び出し、しばらくうずくまっていましたが、すこし揺れが収まったようなので階段を駆け上がり、職員室に飛び込みました。(・・・続く)

#ブラックアウトの夜(静修百物語 24)

私は声をあげることもできません。両手が私の肩にかかっています。そして、どんどん重くなっていくのです。耐え切れず、私は前のめりに倒れてしまいました。押しつぶされていくのを感じながら、私は懸命にもがきましたがびくともしません。背中でそいつは「もうへとへとだ、歩くのにへとへとだ、生きるのにへとへとだ」とつぶやいているのです。なんで、そんなに疲れてへとへとになっているのか知りませんが道ずれにされてはかないません。

ああ、もう潰されてしまうと思った時、帰ってこない私を心配した茶道部の友達たちが駆けつけてくれたのです。みんなで、そいつをひきはがそうとしてくれましたが、びくともしません。その時、一人の友達が茶筅(ちゃせん)でそいつの脇腹をくすぐってみたのです。そうするとそいつは「はひょほふぇふぉ、ふへはらほ」というような妙な声を上げて身をくねらしだすと、私の体を離れ、のろのろと逃げ出したのです。それで私は助けられたのでした。5階には「へとへとさんがいますからみなさん気をつけてくださいね」と締めくくり、ふっと蝋燭を吹き消した。

「じゅーわー(十話)」と岡部。「そのへとへとさんは人生に相当疲れていたのかもしれないねえ。ともあれ無事でよかったですなあ」と松平。

(これを書きながら思い出した。学生の頃の話である。薄暗い二人並んで歩ける程度の狭い歩道があった。ある日ぼくは夜中に一人その道を歩いていた。数メートル前を女子大生風の女性が歩いている。他に人は歩いていない。ぼくはその女性の背後を歩くかたちになった。ふと、その女性が後ろを歩くぼくを警戒している気配をみせた。心外なことだと思い、めんどくさいので追い抜いてしまえと思い、歩を速めた。とその時である。その女性が急に速度を上げて逃げるそぶりをみせた。ぼくは慌てて「違います、違います、誤解です、怪しい人ではありません」とその背に声をかけながら追い越そうと近づいたら、その女性は「きゃー」と悲鳴を挙げて走り出したのである。僕は狼狽して、反対方向に逃げだしたのであった。きっと、彼女はぼくを妖怪か変質者と思ったのだろう。その時、彼女にとってぼくは「へとへとさん」みたいな怪しいやつだったのだろうと思い返すのである。「後ろの雄太郎」というお話でした。)「妹尾の体験談は百話にはカウントされません」という岡部の声が聞こえた。  (・・・続く)