#長~~い話

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怪談話を書いていて思い出したことがある。ぼくは小さい頃、家の離れで祖父母と暮らしていたことがある。その頃はテレビなどないから、夜は長い。祖父母は昔話や怪談、適当な作り話などの夜伽話で僕を寝かせつけるのである。毎晩やっているうちにだんだん話のタネも尽きて来る。そうすると今思っても、実にいいかげんな話もしてくれたものだと思う。

その中に今でもバカバカしいので覚えているものがある。

「今日は長ーい、長―い話をしてやろう。」僕は期待でわくわくする。「空からなあ、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い、長~~い・・・・・ふんどしが落ちて来たそうだ。おしまい。」

他愛のない話である。ぼくは、これを小さい息子を寝かせつけようとして、同じように話してみたことがあるが、息子は怒ったのであった。当然である。

その離れの裏には川が流れていたので、ぼくはいつも川音と共にその夜伽話の雰囲気を思い出す。冬は、風よけに小さな屏風が枕元に立てられていた。その粗末な屏風には俗な山水画のようなものや墨で書かれた古歌のようなものが貼り付けられていたが、それも子どもにはちょっと不思議で怪しい世界で、いろいろ想像力を刺激された。

祖父は蒲団の中に腹ばいになり、枕元に煙草盆を置き、きせるで煙草を吸いながら、夜伽話を語ってくれた。裏の川のほとりを「ことうじ」という人さらいのようなものが歩いている。「ほら、足音が聴こえるじゃろ」とリアリティを持たせたり、あの裏の川の淵で祖父の小さい頃の友達がおぼれ死んだとか、小窓から隣の家の柿の木が見えるのだが、その柿の木で隣の婆さんが首をつって死んだことがあるとか、どこまで本当か確かめようがないが、どこか死の匂いのする怖い土俗的な暗さが記憶の底に残っている。ぼくはその後、文学にはまったが、その原体験のようなものであったかもしれないと思い返すのである。

その祖父母はまだ土葬の習慣が残っていた故郷で、丸い棺桶に入れられ埋葬された。文字通り桶なので、内部に空洞がある。年月が経つと土や墓石の重みで少しづつ陥没してくる。その地面の歪みが大きくなってきたので、昨年、墓石業者に依頼して修復してもらったのだった。今はすべて火葬になっている。怪談話も、江戸時代のものは、土葬が前提になっている。死んでからも髪や爪はしばらく伸び続けるそうだから、幽霊の絵は長い髪に白装束が多い。火葬だと、そういう想像力は働きにくいだろうと思う。

同窓生のコメント中に、読み聞かせの話があって、昔のことを思い出して書いたのであった。ぼくも、息子たちが小さい時に寝かせつけながら一緒に絵本を読んだり、思い付きのでっち上げ物語を語って聞かせたのであったが、幼少期のお話体験の場は、想像力の醸造器のようなもので、成長にとってとても大切なものであると思うのである。最近、スマホに子守りを任せるお母さんたちが増えているという新聞記事を読んだが、肌の温もりを感じる生身の距離はとても大切だと思うのである。

静修の生徒も北海道文学館で読み聞かせボランティアを熱心にやっているようである。一度覗いてみたことがあるが、子どもたちも楽しそうであった。

#長~~い話」への7件のフィードバック

  1. 妹尾先生からメールがありました。
    よっちゃんのコメントからイマジネーションが刺激されたそうです。

    コメント欄に読み聞かせの話がありました。その連想からもう1本書いてみました。コメントにあげてある「もこ もこ もこ」という絵本は谷川俊太郎・元永定正の絵本ではなかったでしょうか。同じ元永定正の「ころころころ」、ジャズピアノ奏者の山下洋輔と元永定正が組んだ「もけらもけら」という絵本は大好きで、我が息子たちが小さい時に夢中になって何度も読んでいました。オナラやうんちについても、確かに子どもたちは大好きで、五味太郎の「みんなうんち」や長新太の「おなら」はこれまた息子たちの愛読書でした。絵本は単純ですが奥の深い世界だと思います。

  2. 『長~~~い話し』聞いた後ずっこけないとですね!でも思わず笑ってしまいましたよ~。仕事場に常連の子供も来ますのでパクらせていただきます📝✒(笑)
    『いなかっぺ大将』に出てくる(西一)!
    似てます(爆笑)みなさんも検索して見てみて下さい(^w^)

    ボランティアにもいろんなのがあるんだなぁと思いました!絵本なら子供頃読んでました。好きな本だけそうなんです。何回も読むんですよね~。あれは確か、『日本昔話しシリーズ』の中の一冊でした📖

    『おむすびころりん🍙』

    鼻からコロコロと落ちてそこに止まったの。

    父親が自分に首の真ん中辺りにあるホクロの話しです。
    『鼻くそころりん』と言われ幼少期の自分は
    笑えませんでした(笑)

    • 幼少期の絵本体験って大事ですね。人間の情緒的な安定感が作られる大切な時期にどんな本を読ませて貰えるか。勇らんどさんは、「おむすびころりん」だったのですね。

  3. 子供を寝かしつける時にお話しをしていたのですが、子供がまたあのお話ししてと何回も話したのが、「三枚のお札」でした。

    山姥に喰われそうになった小僧さんが和尚様から貰った三枚のお札を使って、山姥から逃げるお話しなんですが、その中に山姥が小僧さんを食べようと、大きな包丁を研ぐ場面が出てきます。
    子供はその包丁を研ぐ場面で異様に興奮し、大笑いし、また包丁研いでと私は何回も包丁を研がされました。

    本人はその記憶にないらしいですけど、私はこの子の感性はどうなってるんだとちょっと思いましたね。まあ、恐いもの見たさを刺激されたんだろうなーと思ってます。

    • 妹尾先生からコメントいただきました。

      コメントにありました「三枚のお札」という絵本は読んだことありませんが、確かに子どもは「つぼにはまる」というのか、好きになった話や絵本は、筋はもう分かっているのに、よく飽きないものだなあと思うくらい繰り返しねだります。うちの場合は「三匹のやぎのがらがらどん」というノルウエーのマーシャ・ブラウンという人の絵本がそれでした。

      刃物を研ぐ場面を何度も所望されたということですが、怖いもの見たさのような心理でしょうか。全く関係ありませんが、北海道に小檜山博という作家がいます。その初期の作品に「出刃」というのがあります。オホーツクの極貧の開拓農一家の絶望的な生活状況を書いたものです。連想から、その中の出刃包丁を研ぐ場面が印象的なラストシーンを思い出しました。

      「出刃を磨いでおこうかな、と思う。子供たちは乱れのない寝息をたてている。眼から頬にかけて生ぬるい水滴がおりていくのを感ずる。空になった焼酎ビンを上向けて、最後の一滴をすすりこんだ。

       ゆっくり立ち上がり、台所へ行って棚の上から砥石と出刃包丁をおろし、洗面器に水を汲んで茶の間へ持ってくる。静かだった。

       出刃が砥石の上を走るシュッシュッという音だけになる。」

       またまた関係ありませんが、佐野洋子の「100万回生きたねこ」は大人が読んでも心に刺さってくる絵本です。「そばに いても いいかい」というねこの言葉が心に効いてきます。佐野洋子は亡くなりましたが、その絵本に捧げる13人の作家や詩人の短編集「100万分の1回のねこ」(講談社文庫)を今、読んでいますが、とても興味深い一冊です。

       またしても国語教師癖が出てしまい読書案内ふうになってきました。人間死ぬまで勉強です。学校で終わりではないのであります。おしつけがましくてすみませんなあ。勘弁してください。

  4. 絵本って、表紙も綺麗なので…何冊かリビングに飾っています。
    五味太郎さんの絵本も、シリーズで小学校の図書室に沢山ありますよ。
    子供の頃は、ぐりとぐらシリーズが好きでした。繰り返し読んだのは、亡くなられて残念ですが…加古里子さんの【だるまちゃんとかみなりちゃん】。今も、我が家の本棚にあります。
    【100万回生きたねこ】も、好きです。
    絵本は、大人も読んだら楽しいですよね。
    10分くらいで読み終えるのに、深いです。

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