#試験監督(3)

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先に書いたように、50分なら50分、基本的にじっと何もしないでいるわけだから、気を紛らわすためにいろいろ工夫もするが、工夫と言ったってできることはたかがしれている。教室の前や後ろに貼られている掲示物に目を通したり、教室全体の様子を見まわしたりする。要するに暇なのである。だから普段見落としているいろんなことが目についてしまう。そして、試験監督は機械的に割り振られるから、自分が担任しているクラスの教室にどの先生が監督に来るかわからない。

今思い出しても、先輩の先生から、試験後いろんな注意を受けた。「古い掲示物がそのまま貼られている。はがさないと必要な掲示物を生徒が見落とすことになる。教室の整理と美化は大切だという意識を持て」「黒板の下がチョークの粉で汚れている。ちゃんと清掃指導しているのか」「横の壁に、鉛筆の落書きがあった。きれいに消させろ」「掃除用具箱のカーテンが一部外れて、中が見えるようになっている。見苦しいから直せ」「掃除用具箱の上の進路資料の置き方が乱雑だ。いらないものは捨てて整理しろ」「机や椅子の脚にごみがいっぱいからまっている。一度全部引っくり返して取らせろ」「あの生徒の髪は染めている。指導しろ」等々、特に若い頃は実に細かなことまで、そのルーズさを指摘された。

試験前になると生徒も緊張するだろうが、担任としても緊張せざるをえなかったのである。だから、定期考査前は、特に念入りに清掃し、黒板を可能な限りきれいに拭き、黒板下に雑巾をかけ、机の中を点検し、机上の落書きを消しゴムやシンナーで消し歩いた。机の横や椅子の背もたれに貼られたシールを金属製のへらではがした。当日の朝には、机が等間隔にまっすぐになるように並べそろえた。ただ、根がずぼらでだらしないぼくなので試験が終わって普段の日常になると、じきに元に戻ってしまうのである。その意味では、定期考査は年末の大掃除みたいなものだったのかもしれない。

これが、入学試験の設営では全校を挙げて行われるのである。今でも記憶にあるのは、教室の机の配置を前後と左右それぞれ等間隔に並べるというので、花田先生が物差しで机間を測りながら、きわめて厳密に並べ方を指示していた姿である。意外と几帳面な人なんだなあと思ったのであった。

昔は1教室に60人近くの生徒が詰め込まれていた時代もあるそうだ。それでは、机間が近すぎて、見ようと思わなくても隣の答案が見えてしまったのではないか。試験監督も机間巡視など出来なかったのではないかと想像するのである。

9 thoughts on “#試験監督(3)

  1. 試験前の教室の整理整頓は念入にというのが担任の必須事項になっていましたね。私は特に黒板を綺麗にというのを心がけていました。私の高校時代は63名のクラスメートがいました!そういえば試験監督の先生は机間巡視していませんでしたよ。通路が狭く足元も大きな荷物があって通れません(笑)答案の回収は後ろから前へと送っていました。監督の先生は答案枚数を数えるのも大変そうでしたね。団塊世代は何かにつけて大変な時代を生きてきました!!!(笑)

  2. うーん、試験監督だけでも大変なのに、自分が担任をしている教室そのものもテストされているとは・・・、これは先生の性格も出るところでしょうね。
    几帳面に整理整頓される先生、おおざっぱな先生、無頓着な先生、色々だったんだろうなー、小澤先生はどうだったんだろう?
    でも教室内は何時もキチンとしていた気がします、恐くて汚してられなかったのかなー(笑)

    • 担任が全て動くのではなく生徒の自主性を育てるということが大事な訳で、「恐くて汚してられない」というのも指導のひとつですね。

  3. 年末の大掃除のように・・

    担任も生徒にもドキドキ
    緊張の試験前だったのですね✨

    そんな担任の気持ちを察せられなく
    備品にイタズラ書きをしていた友達を
    思い出します。

    花田先生の几帳面な御指導
    私が体育委員だった時にも何度か感じていました。

    • 日頃からキチンとしていればなんということはないのでしょうけれど。自主規制がかかってしまうということかな(笑)

  4. そういえば・・・思い出しました。自分の記憶が恐ろしいほどに(笑) 試験の時、部活の朝練が休みになった天国のような日がありました(^-^) その前日、小澤先生に呼ばれ
    「明日は朝練休み、部室の掃除しろ。試験に自信ない奴は朝 来なくていい」
    と言われたので。それを部員に伝え、自分はまるっきり自信がないので勉強に専念させてもらいました。いや、本当に(笑)
    学校に着き、そのまま部室へ向い部員たちは廊下も掃除してくれていました!
    と、登る階段の部室の手前で小澤先生にバッタリ会いました。「おはようご」
    最後まで言う前に小澤先生が
    「おいっ おまえこんな時間に来やがって、みんな掃除してるのに」
    同期やら後輩やらの前で自分は地獄に落ちました💦💦覚えた単語もぶっ飛んじゃって(笑)💦💦
    そして試験が終わり部活の練習・・・。
    今日は恐ろしいことになりそうだと部室で覚悟を決めていた自分。
    「ゆうき!ちょっと来い」練習前に小澤先生に呼ばれ、もう足がガクガク状態(笑)
    「そこに座れ」そして自分の顔を優しく触れ
    「大丈夫か?今日は先生悪かった」

    え?(* ̄∇ ̄*)

    あの小澤先生が謝った!そっちにビックリ
    (゜ロ゜;ノ)ノ

    そういうとこあるからついて行けれたんだと思います!
    最近 小澤先生特集ですね(笑)

  5. 私達の頃は、教卓に先生方に使って頂くおしぼりが置いてあったような…。
    チョークで指先が汚れてしまうので、使って頂く為だったと思うのですが…記憶違いかな? 授業が終わると新しいおしぼりに替える…おしぼり係って、ありませんでしたか?
    ちなみに私は、給食係。
    クラスメイトが申し込んだ、飲み物を、取りに行く係だったので…あのエレベーターの使用を許可されていました。
    羨ましいがられましたが、恐怖でした(笑)

    美術の伴先生は、上靴のバレーシューズの汚れには、厳しかったですねー。
    私は、月に二回は持ち帰り…洗っていましたよ。終業式の度に、地下のロッカールームにあったゴミ箱が、バレーシューズの山になっていて…当時のお掃除のおばさんが、物を大事にしなきゃ…と、呟いていたのを思い出します。
    現在の静修の上靴は、お高いので…そんな事は、ないでしょうが…。

    • 色々な係がありましたね。号令係とか教科担当係とか………。ロッカーの捨てられた上靴を、状態の良さそうなものを見つけて拾っている人もいましたよ。

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