#見たな~ 見たな~

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昔、結核は労咳などとも呼ばれ、有効な治療方法がなかった。転地療養とか栄養を摂るぐらいな対策しかなく、不治の病と恐れられていた。8割は肺結核で喀血などの症状を伴い、小説やドラマでも悲劇を構成する大きな要素であった。戦後はストレプトマイシンなどの治療薬の開発、ツベルクリン検査や予防接種によって、その病気は劇的に抑え込まれた。僕の中学校の時の数学の先生は、戦前にその手術で片肺を摘出したと語っていた。

本当かどうか知らないが、学校の先生は黒板に書くチョークの粉のせいで、発病しやすく、一種の職業病だと言われているのを聞いたことがある。昔のチョークは、黒板消しで消した粉が教室中に靄のように舞ったものである(今のチョークは粒子を重くして、舞い飛ばないように改良されているらしい)。ぼくの高校の時の国語教師の一人がそれを病的に恐れていて、教室に入る前に、冬でも生徒に窓と戸を全開にさせて空気の入れ替えを命じて、しばらくしてから教室に入って来るのであった。それだけ恐れられていた病気である。子どもの頃の怪談の一つを思い出したので、紹介してみたいが、そういう前提で読んでもらいたい。

 

古い高校の男子寮で狭い二人部屋に二人の学生が生活していたんだそうだ。夜は薄っぺらいせんべい布団にくるまって寝るんだが、そのうちの一人が、ある夜に、寒さを感じてふと目を覚ますと、隣に寝ているはずのもう一人の学生の姿がない。暗い中で、隣を見ると、今抜け出したばかりの様子で蒲団は人の形に盛り上がったまま、中は抜け殻だったんだそうだ。便所にでも行ったんだろうと思って、そのまま寝たんだそうだ。

朝になって目を覚ますと、その男はちゃんと蒲団の中にいる。そんなことが何晩か続いておこる。何か変だなーと思い始め、ある晩、寝ないで様子をうかがっていると、夜中の2時過ぎに、そーと蒲団を抜け出す気配を感じたのである。いったい何をしているのだと不思議に思い、そーっと後をつけてみたんだとう。男は足音を立てないようにそーと廊下を歩き、縁側から裸足のまま暗い庭におりて、真っ暗闇の道を歩いていく。いったいどこに行くんだろうと怪しがりながら、気づかれないように身を隠してその後を追っていくと、男はお寺の裏に入っていくのである。恐る恐るついていくと、寺の裏手の墓地が見えて来た。男は、まだ新しい土饅頭(土葬の棺桶の上に土を丸く盛った状態の墓)を両手で掘り返し、やがて棺桶の蓋を開けると、前のめりになってその棺桶の中に首をつっこむのである。近くの墓石の陰に身を隠しながら見ているが、怖くて体の震えがとまらない。棺桶の中から「ピチャ、ピチャ」という音が聞こえ、生臭い臭いが漂ってくる。もう、怖くてたまらず、もう逃げだそうと身体を動かしたはずみで、墓石の裏の卒塔婆を倒してしまった。しまった、と思ったが、身体が金縛りになったようになって動かない。男は棺桶から顔を上げてゆっくり振り返る。口の周りは血で真赤になっている。「見たな~、見たな~」。「ギャーーー」。

(この怪談の怖さのピークはこの「見たな~、見たな~」。「ギャーーー」であり、語り手の迫真の演技力が問われる。話としては、ここで終わりである。二人がその後どうなったかが語られることはなかったので不明なのである。しばらく間を置いて、その男の行為の動機が語られる。先に述べたように、当時は結核の特効薬などなかったから、栄養を摂るのが一番だと考えられていた。その中でも一番効くのが人間の生き血を飲むことであるという話があった。だが、人を殺すわけにはいかないから、結核に苦しんでいた男は死んだばかりの新鮮な遺体(土葬であることが前提)の墓を暴いて、その遺体の腹を裂いて、血を啜っていたのである。という解説が、語り手によって加えられるのであった。)

 

先に黒板のチョークの話を書いたが、静修の黒板は以前材質の悪い板が使われていた。その頃、チョークで板書していると、何かの加減で「キ――ッツ」という高音の実に嫌な音(ガラスを尖った金属か何かでひっかくと似たような音を出すことが出来る)がすることがあった。その時、ぼくはこの悲鳴のような音は、黒板のチョーク粉を遠因として結核を発症して死んだ教師の哀しみの悲鳴であると想像してみたことがある。

#見たな~ 見たな~」への11件のフィードバック

  1. 妹尾先生からこんなメールがありました。

    「コメント欄に黒板の裏に住む妖怪の話がありました。その黒板からの連想でチョーク。チョークの連想で、教師の職病病と聴いたことがある結核。その連想で、昔聞いた怪談を思い出して1本書きました」

    勇らんどさんのコメントからイマジネーションを働かせてエッセイを書いてくれました。流石です!🎶

  2. おはようございます😄なんか嬉しいですね~!自分が作った話しから連想されて語っていただけるのは(⌒‐⌒)⤴
    チョークの粉、そうそう体に悪いイメージが昔はありましたね。クレヨンなんかは食べても害がないものを作っていると聞いたことがあります。チョークもおいしいチョークにしたら、カロリーメイトみたいに先生方が「昔は体に悪かったが今では栄養補助食品までに進化している。味もなかなかうまい」とチョークを食べながらの授業!

    『先生のお疲れモードにバランス栄養食!
    チョークでチョー元気!新発売』
    こんなチョーク作ってほしいですなぁ!

    「ですなぁ~」って口癖じゃなかったですか?(笑)

    • そんなに美味しいチョークだったら生徒が全部食べてしまうので教室に置いておけないですね(笑)

    • 妹尾先生からコメントいただきました。

      雪かきに励んだ後、ビール飲みながら大坂なおみのテニスの試合をはらはらし、興奮してテレビ観戦しました。あの粘りはすごかった。このところ、サッカーアジアカップからも目が離せず、忙しいことです。次戦はオオサカならぬ、はんぱねーオオサコに期待しています。オオサカねたでコメントしてみます。

      コメントに「・・・ですなー」という口癖の指摘がありましたが、確かにぼくの口癖で、よく生徒に真似されました。口癖の話ではありませんが、川崎のぼるの漫画「いなかっぺ大将」はぼくの愛読書の一つでしたが、テレビアニメ化され、それを見ていた生徒から、登場人物の一人である大阪弁をしゃべり、痩せて眼鏡をかけている「西一(にしはじめ)」に似ているといってからかわれた記憶があります。言われてみると確かに似ているような気がしますなー。その西一が飼っていたネコがクロという名前ではなかったかなあ。ぼくもクロというネコを飼っていたのでした。ニャンコ先生やキクちゃんという登場人物もいましたなあ。主人公の大左衛門は「わしは~・・・だす」というのが口癖でしたなあ。あの漫画は全巻持っていましたが、見当たりません。たぶんダンボール箱に詰め込んで押し入れの中でしょう。探して読み直したくなりました。

      それと似た容貌の人物に、大阪のくいだおれ人形があります。ぼくはあの派手な衣装のおっさんにも似ているかもしれないですなあ。

  3. 『2怪談物語』~なぜ二階~

    普通、体育館って1階にありますよね!静修の体育館は二階にある。始めて静修に訪れた時
    「へ~!珍しい」と思いました。
    これに関して物語 作ろうと思ったが発想が出てこない(笑)なので普通に語っているという・・・。
    体育館横の水道、確か鉄臭かった記憶がよみがえってきた!貧血の人にはうってつけ!?
    あれで鉄分補給できてたのだろうか?

    チョーク、あ~生徒が食べてしまう可能性大‼

  4. 水を差すようですが(ダジャレ?)、実は体育館横の水道は雑水といって手足を洗うだけの水で飲めないのです(笑)

  5. チャッピー「生徒玄関から体育館までの階段あるだろ!あの階段、毎回登り降りの数が違うんだ!数えたことあるかい?恐ろしや~恐ろしや~」

    光枝先生「ない。どうして?どうしてなの?ねぇちょっと・・・まさか、これがほんとの怪談よとか言わないでよ」

    チャッピー「・・・・・💧」

    ショートショートコントでした。

  6. 「となりのトトロ」のサツキとメイのお母さんも結核で入院してましたよね。
    昔はサナトリウムと呼ばれてましたが、今は違うんでしょうね。

    日本は長く生きた猫が化け猫になるとか、古い道具には何かが宿っているとも言いますよね。
    静修も長い月日が経っていますから、色んな物に何かが潜んでいても不思議じゃないかも知れませんよ。

    昭和に購入された物、平成に購入された物、物に魂があるとしたら、お互いこう思ってるかも・・・

    「まったく平成はひ弱でなっとらーん」(壊れやすい)
    「昭和って頭固くて使えねぇよなー」(出来ることが限られている)
    そして、今年ついに第三の勢力がやってくる、三つ巴の戦いの行方はどうなるのか(笑)

    今静修にある一番古い物ってなんでしょうね?

    • 昭和、平成、?、と三代生きるっていうことになるのですね!これに同窓会などで、大正生まれの方が出席されていたら凄いですね‼️

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