#入学式・卒業式

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これを読んでいる方が静修高校に入学されたのは、何年前になるのだろうか。入学式のことをご記憶だろうか。教員の目からは、女子高のときも共学後も、女子生徒の新入生の真新しいセーラー服の親子線の白さが、その緊張した初々しい表情と共に強い印象として残っている。各教室前の廊下で整列し、階段を降りて、体育館後ろ(購買側)から入場してくるのである。

そして、3年を経て、卒業式をむかえることになる。今度は、体育館のステージの左右から登場し、式が終わると、入学式の時に入場して来たときの体育館後ろの出入り口から、在校生と教員の拍手に送られて退場していくのである。その意味では、体育館後ろの出入り口は、高校生活の入り口であり出口なのであって、その入り口と出口の奥には高校3年間の時間が詰まっている、という意味で象徴的な通路であると見なすことができる。

静修高校の卒業式のスタイルは他校と比較してもユニークであると思う。中学校の卒業式を思い出して比較してみてほしい。一般的にはステージ上に演台があり、そこに日の丸を背にして、校長がおり、下から登ってくる生徒に校長が卒業証書を手渡す。高低差からいって、生徒に対して高みから、文字通り卒業証書を「授与」する構図である。

静修の卒業式のスタイルを誰が考え出したか、いつから始まったのか知らないが(戦後であることは間違いないだろう)、ぼくはとても気に入っている。

まず、卒業生がステージの高みから登場して、左右に花が飾られ、赤い毛氈の敷かれた階段を降りて来るというスタイルは、主役は卒業生であるということを際立たせる。そして、来賓も、校長・教頭・卒業担任・一般教員も、父母も、在校生も、卒業生も同一平面上に並ぶ形になる。そこには高低差をつけずに、対等に同格で卒業を祝すという思想がうかがえる。これは誇っていいことだと思う。

卒業式シーズンにはテレビのニュースなどで、南高などの弾けた卒業式の映像が流れたりする。それはそれでいいのだが、静修の厳粛に進行する式もいい。体育館後ろの出口から退場するやいなや、泣いたり、笑ったりの弾けた騒ぎの声が体育館の中まで響いて聞こえたりする。ぼくは、そのメリハリも大好きだ。

その後、各教室でお別れの最後のホームルームになる。ぼくはカメラを持って教室を回り、その様子をよく写真に撮って歩いたが、クラスによってその雰囲気は様々である。担任やそのクラスのメンバーの個性や関係が生み出す空気なのであろう。

それが終わると生徒は一人一人の個に戻って、ばらばらと帰っていくのである。そして、だれもいなくなった教室に戻った担任は、そこで万感の思いで、感慨にふけるのである。その思いの中には、これでやっとせいせいしたという思いも含まれるのかもしれないが・・・。

#入学式・卒業式」への3件のフィードバック

  1. 私が卒業した(昭和42年)時からスタイルは変わっていません。長年、継承しているということは教育のスタンスも変わらず貫かれていることで喜ばしいと思います。

  2. 昨年、卒業する姿を見送りたいお嬢さんがおりましたので、卒業式に出席しました。
    あれから一年、彼女が夢に向かい…前進したり…足踏みしたりしているだろうと…いつも、胸にあります。

    卒業式のスタイルは、あのまま変わらないで欲しいです。
    自身の卒業式で、在校生の拍手の間を通って退場したのは、覚えているのですが…。壇上からの入場は、覚えていないのです。
    階段両側は色鮮やかな花で飾られ、レッドカーペットを降りてくる姿は、女優・俳優顔負けの…きりりと引き締まった顔と身のこなし。
    私の席からは、卒業生の親子線の後ろ姿と、その奥に…在校生の親子線の襟元が見えていました。
    厳かな雰囲気の中、式が始まった時…。

    私は、後悔をしていました。

    仕事で忙しくしている母に、休みを取らせるのは悪いと思うのと…卒業式は、毎度…母に荷物を持たせ友達とワイワイ帰っていたので、来なくてもいいと、伝えていたのです。

    自分が母親になってみて、なんて酷い娘だと…。
    静修の卒業式が、静かに流れる清らかな時間だったのもあり…
    心の中で、母に詫びていました。

    ところで、前日の同窓会入会式と、卒業式とでは…生徒の皆さんの表情が、全く違うのだなぁと感じました(笑)

    • 娘の高校の卒業式は母親にとっても意義深い卒業の式でもあるのですよね……。私は母が入院中だったので来てもらえませんでしたが。よっちゃんの後悔はよくわかります。

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