#修学旅行(1)

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修学旅行で自分がどこの土地を訪れたか、何泊の旅程であったか、どういう交通機関を使ったか、東京ディズニーランドであったか、大阪のUSJであったか等々によって、およそどの時代の同窓生であるかは見当がつくと思う。

静修の第1回目は開校の翌年の1923(大12)年に室蘭・登別方面への1泊2日の旅程で実施されたそうである。津軽海峡を越えたのは1935(昭10)年からで、松島・東京・横浜・江の島・日光方面で、8泊9日であった。戦中には「聖地参拝旅行」として桃山御陵・樫原神宮・伊勢神宮の参拝を中心に関東・関西方面に9泊10日で行われた記録がある。

戦後の修学旅行の再開は1948(昭23)年に洞爺・登別・函館方面への3泊4日で、翌年は小樽~函館間を船で移動するというようなこともあったようである。1950(昭25)年には11泊12日という長旅になり、東京・大阪・宝塚・奈良・樫原・鎌倉・東京・日光・松島・仙台と欲張りな旅になっている。

1969(昭44)年からは飛行機利用が始まり、その移動時間の短縮にともなって旅程も7泊8日に短縮されている。1971(昭46)年からは、奈良と京都で班ごとの自主見学が導入された。1996(平8)年からは新たに広島が旅程に組まれるようになった。しばらく広島・奈良・京都・東京というコースが続いたが、ある時期(それがいつからなのか、今、資料が手元にないので分からない)から東京が外され、生徒が楽しみにしていた東京ディズニーランドの代わりに大阪のUSJが日程に組まれるようになった。旅程も5泊6日に短縮されたのではなかったかと思う。1992(平4)年の国際科開設に伴い、海外修学旅行も実施されるようになる。今、どのような旅程、コースになっているのかは知らない。今はどこの学校も修学旅行の日程は短くなっているようである。

今、ぼくは都合で千歳や羽田の空港をよく利用するが、しばしば、中学生や高校生の修学旅行の一団と遭遇する。わいわいやっている生徒たちにまじった引率の先生たちの緊張したり、疲れ切ったという表情を見る度に昔を思い出し、思わず先生たちに「ご苦労さんです。がんばってください」と声をかけたくなってしまうのである。

この春先にJR琴似駅前で西区のどこかの中学校が修学旅行の解散式をやっているのに遭遇した。旅の余韻ではしゃいでいる生徒たちのかたわらに引率の先生たちの一団があった。その、無事に引率を終えてたどりつくことができたという安堵感と、引率の緊張からの解放感がその笑顔に滲んでいた。「その気持ち、とってもよくわかります」と共感しながら眺めたことであった。(・・・続く)

9 thoughts on “#修学旅行(1)

  1. ようやく復活できました!胆振東部地震に遭遇された同窓生の皆様、ご無事だったでしょうか?安否が心配されてる方はいなかったでしょうか?何が起きるかわからないものですね(/_;)
    さて、しばらくは「修学旅行」の思い出話に気持ちを癒して頂ければ思います!!

  2. 地震で停電、断水など。中には家の中がぐちゃぐちゃで地震から寝れていない声も。精神的な面も心配です。御家族と一緒にいて下さいね。今日からほぼ停電も解消されるとのことですが、今の時代なにが起こるかわかりません。これから災害時の備えや心がけをしっかり持とうと思いました!

    • 2日後、ようやく電気回復しました!電気の有り難さを認識した貴重な体験でした。

  3. 修学旅行の話し!自分らの代は今年の同期会クイズにも出題されましたが京都、奈良、東京でした。バスケ部は毎日、朝練がありました。夜更かしして起きれず寝坊して行かなかった日もありました💦💦確かバスケットボールも持ってきた選手もいたなぁ!偉い偉い!
    修学旅行終わったらすぐ試合だった記憶が!?なんの大会だったかな?(笑)
    クラスのみんなとも楽しい思い出ばかりでした😄

  4. アライグマ並に手洗いをしないと気が済まない私には、キツイ二日間でした。
    反面、夜空に星が沢山ある事に、感動する息子。
    改めて、災害対策を考え直しました。皆様が、御無事でありますように。
    私の修学旅行の思い出は、京都の映画村です。名称は、映画村?だったと思います。
    記憶違いでなければ…南野陽子さん主演映画、【はいからさんが通る】の撮影中で、可愛らしかったのを覚えています。待機中の阿部寛さんを、間近で見た時は…脚の長さに驚きましたよ。
    仕事で、修学旅行は小学生〜高校生まで…担当をしました。小学生はマスゲームのように訓練された動きでした。
    なので、先生方のピリピリ感は、小学生よりも…中学、高校生の方が…学校によりますが…ありましたね。

    私事ですが…。
    その修学旅行で…先生方、添乗員、乗務員でのミィーティングが必ずあります。20人前後で、ピリピリ感の中。
    それぞれ、ご挨拶があります。

    チーフ添乗員さんのご挨拶で、
    「チーフ添乗員の薄井です。」
    と、お辞儀をした瞬間、頭のてっぺんだけがカッパみたく薄く…!
    笑ってはいけない…💦
    そう思うと余計におかしくて…自分で、自分の足をヒールで踏みながら耐えた記憶があります。

    余談でしたが、毎回、修学旅行の仕事をする旅に…引率された先生方の緊張が身に染みました。

    • あらいぐまのように手を洗うって、それは大変でしたね‼️今回の地震では災害に対する教訓もたくさんありました。
      バスガイドになるきっかけは、修学旅行の体験があると言われますが、どうだったのでしょう?
      「よっちゃん」のガイド姿に憧れる高校生もいたかも😉

  5. 海も山もあって自然に恵まれている日本ですが、それがいい方向にばかり向かない時もあると感じることが多いここ数年。北海道も例外ではないのだと強く思いました。
    でも寒くなる前だったのがまだ幸いでした。個人で家庭で行政で防災を見直して行きたいですね。

    修学旅行はもうぼんやりとしか覚えてないのですが、学校で解散となり、迎えに来てくれた母が家に着いてから、担任の小澤先生のことを「きちんとジャケット着用のスタイルでオシャレね」言っていたのはすごく覚えています。

    それから時は流れ同期会の時に、クラスメートから修学旅行の写真を借りることが出来てみんなで見ました。それを見たみんなの感想「えっ、これはや〇ざでしょー」だったのでした。
    確かに先生はジャケット着用でした。が、グラサン姿だったのです。
    先生・・・迫力がありすぎです。新たな記憶の1ページです。

    • 本当に寒くなる前で良かったです!でも寒い時期の災害対策の備えも必要ですね! 小澤先生の姿に新な記憶の一ページね😎

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