#ブラックアウトの夜(補・静修版百物語 2 )

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ネタの一部に使った「かごめ かごめ」や「コックリさん」についてはその起源や歌詞の解釈について諸説入り乱れて存在するようですが、ぼくは学生時代に読んだ民俗学のうろ覚えの説を下敷きに適当なことを書きました。ちょっと気になったので、民俗学者の柳田国男の説を読み直してみました。

「かごめ かごめ」については、もともと神降ろしの神聖な神事のようなものがあり、それを村の若い男女たちが雇い主の大農の台所や寄り合いの集まりのような場で真似て、円陣を組み、その中央に一番「朴直な」一人を座らせ、神仏の名を唱えたり、あれこれ言い掛ける、そうすると2,30分もするとその若者は催眠状態に入って、変になり、いろんなことを言い始めるという一種の危ない遊戯に変化し、その形をさらに子どもたちが真似て、「かごめ かごめ」の遊戯に発展していったのだと推測しています。「明治になってから入って来た」という「コックリさん」も同じ系統の戯れであると述べています。(「小さきものの聲」)

柳田は「こども風土記」の中で「鶴と亀がつーべった」という歌詞は地方によっては「つるつるつーべった」とも歌われると書いています。たぶん「つるつるつーべった」が古形で、だれかが「つるつる」を「鶴と亀」に読み替え、それが流布して一般化した結果、意味不明の謎めいた歌詞になったのではないかと想像します。柳田は次のようにも述べています。

「この「かごめ」は身を屈(かが)めよ、すなわちしゃがめしゃがめということであった。誰が改作したか、それを鷗(かもめ)のように解して籠の中の鳥といい、籠だからいつ出るかと問いの形をとり、夜明けの晩などというあり得べからざるはぐらかしの語を使って、一ぺんに座ってしまうのである」

いずれにしろ、謎めいたどこか怖いわらべ歌であります。子守歌にもそういう謎めいた、時に残酷な歌詞があります。英国のマザーグースもそうです。古くから語り伝えれれている内外の昔話にもそういう傾向があります。過去にあった歴史事実に重ねて読み解く手法で書かれたものもいっぱいありますが、ある種の暗さを伴った謎に満ちた前近代の童謡や昔話は想像を刺激すると同時に、妙な怖さを持っています。

関係ありませんが、「言うことを聞かないと(早く寝ないと)山からモウコ(あるいはモッコ)がくるぞ」という子どもに対する脅し言葉が北海道にあるという記述を読んだことがありますが、僕は知りませんでした。ご存知でしょうか。ではこの「モウコ(モッコ)」とは何だという問いかけの記述でした。東北由来の言葉のようですが、もし、その脅し言葉を聞いたことがあるという方がいらっしゃいましたら、教えてください。

#ブラックアウトの夜(補・静修版百物語 2 )」への9件のフィードバック

  1. 謎めいたどこか怖いわらべ歌、言葉の意味を考えず歌ってしまっていたものが結構あります。小さな子どもなどはいい間違えがかわいいと笑ってすますレベルですが……。時代背景などで時には残酷な意味合いが含まれていたとは驚きますね!

  2. 妹尾先生からコメントいただきました。

    静修同窓会のホームページを開くと、最初に昨年の同窓会の写真が何枚か出てきます。壇上に担任たちが並んだ写真で、マイクを握った星野先生の背後に、怪しい人物の姿が隠れています。肩と靴先がちらりと見えます。あれはたぶん「後ろの雄太郎」という妖怪です。

    • 妹尾先生からコメントいただきました。

      つのだじろうの漫画「後ろの百太郎」ならぬ、「後ろの雄太郎」に気づいていただきありがとうございます。

      昔話やわらべ歌にはその背景となった習俗や出来事があるようだということを書きましたが、そういう点でとても刺激を受けた本があります。グリム童話に「ハーメルンの笛吹き男」というのがありますが、これは13世紀頃のドイツの街で実際に起こった大量の少年少女の失踪事件が母体になってるのだそうです。ドイツ中世史を専門とする歴史学者である阿部謹也の『ハーメルンの笛吹き男』(ちくま文庫)はそのあたりを克明な資料にもとづいて解き明かしたとてもスリリングな本です。学術的な本ですが、ミステリー小説を読むような味わいがあります。

      一般に外国の元の昔話には残酷なものが多いが、日本に入る時の翻訳段階で、子ども向けにストーリーが無難なものに改変されたものが結構多いそうです。同じグリム童話に「ヘンデルとグレーテル」というのがありますが、これも背景には残酷な歴史があるようです。『AKIRA』で知られる大伴克洋の、漫画絵本のような体裁の『ヘンデルとグレーテル』(ソニー・マガジンズ)はその不気味な怖さを独特なタッチで再現しているように思います。

  3. 小さい頃、母に…『早く寝ないとモウが来るよ。』と、呪文のように言われ…怖くて目をガッチリ閉じていた記憶があります。
    母も、意味はわからなかったそうですが…祖母から、同じように言われていたそうで…私も、息子に…。
    『モウが来る〜〜‼️モウが来る〜〜‼️』と変な節を付けながら、息子いわく…アレは、本当に怖かったと、今でも恨まれています(笑)

    そうそう、私が現役のバスガイドだった頃に、このモウについて…子供の頃の体験に加え、うんちくする事がありました。
    源義経は、実は生きており…蝦夷地を巡った後は、チンギスハンになった…。こう繋がったのは、義経もチンギスハンも馬の名手だったから…。
    チンギスハン率いるモンゴル軍は、情報網が強く、気質が荒かった… 生肉を食べる恐ろし民族のように伝わっていたのと、北海道は北方領土問題もあり…海の向こうの国を恐れたところから、モウが来るよ…が生まれたのでは?等と話してから、北海道名物・ジンギスカンの話で締めていました。

    現役を離れ…十数年…それこそ、うろ覚えのうんちくですから、記憶違いもあると思います。

    • 追伸…。
      母は、オホーツク海の漁村で生まれ育ち
      祖母も同じ土地で育っているので…。
      祖母と母の言う…モウは、海の向こうからやって来ると思っていました。
      なので、もっことモウが同じ妖怪?なのかはわかりません。

    • 妹尾先生からコメントいただきました。

      「モウが来る~」の体験コメントを興味深く読みました。この脅し言葉については『人間像』という文芸同人誌に掲載されていた福島昭午という人の博覧強記の薀蓄エッセーで読んだのでした。ぼくも調べてみたのですが「モウ」ないし「モーコ」は東北地方を中心に古くから流布している言葉のようです。コメント氏はオホーツクの漁村の生まれ育ちの祖母や母から聞かされたとのことですが、さらにさかのぼれば東北方面から北海道に開拓移住された家族の歴史があるのかもしれないと思ったのでした。言葉は歴史の痕跡を埋蔵文化財のように内包しています。ですから味のある方言が標準語に駆逐されていくのはとても寂しいことです。「モーコ」を歴史的に蒙古襲来の事実に起源をもつのではという説もありますが、その説には無理があると柳田国男は否定的に述べています。

      北海道の義経伝説にも触れておられましたが、最近読んだ町田康の『ギケイキ』(河出文庫)は義経を主人公にしていますが、めっちゃくっちゃ面白いです。ご一読をお薦めします。ぼくは町田康の独特の言語感覚から繰り出される文体にイカレています。

      つい昔の国語教師癖が出てしまい、読書案内みたいになってしまいました。

  4. 童謡のアルプスいちまんじゃく、アルプスいちまんじゃく、こやりの上で、ですが、ここをこやぎの上でと覚えている人が結構いるって何かの番組でみたことあります。
    そして、こやりって何?もあると思います。槍ヶ岳の山頂付近にある、岩の上のことらしいとその番組では言ってたと思います。

    後は「金太郎」のお話し、正確に話せますかというのも見たことあります。「桃太郎」「浦島太郎」は割と正確に話せるのに、金太郎はあれ、何したんだっけになるらしいです。
    金太郎は力が強くて、相撲で熊に勝つほど、その噂を聞きつけた、京の都の偉いお侍、源頼光にスカウトされて家臣になり、大江山の酒呑童子や土蜘蛛を退治し、坂田金時という名前を名乗ることを許されて、立派な武士になりました、めでたし、めでたし、で、端午の節句の金太郎のモデルになった人とされてるんですが、この時退治したのは、単なる物の怪ではないというのが、童話の恐い裏話みたいな形になってる一面もあるんですよね。

    シンデラレも本来の話しは実は人がシンデレラも有名だと思います。
    いやー、やっぱり恐いのは人なんでしょうかねー

    • 私も「アルプスいちまんじゃく」の件は番組で見ました。うろ覚えのことや勘違いも結構ありますね。

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